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8月, 2009の投稿を表示しています

20年前に行った「いまどきの若者について」の座談会のこと。あるいは自虐を強いられる若者について

先日のエントリーで書いた学校祭の座談会について部分的にメモが残っていました。その文書は一太郎Ver.3で書かれているのですが、ジャストシステムが一太郎ビューアというソフトウェアを無償で配っていて、それを使うことで今でも問題なく見たり印刷したりすることができました。ジャストシステムは地味にすごい。
それを読み返してみると話があちこち飛び回る、取り留めのない座談会が記録されています。
今読み返してみて感じたのは、生徒たちが大人の受け売りの言葉で自虐的に若者を責めていることの痛々しさでした。
それも大体が現在の視点からはいわれのないレッテルに見えます。
時代を下るにしたがって「切れる」だの「ゆとり教育で低学力」だの新たなレッテルが開発されてきましが、それを真に受けて自責する必要のない若者が要らぬ自責を繰り返してきたのだろうなと思うとかわいそうな気持ちにさせられます。
近年、自虐史観に基づいた教育を改めて日本に誇りを持てるようにしようという運動が力を得てきているように見えますが、国だけじゃなく個人の自虐性もなんとかできないものでしょうか。どちらかというとこっちのほうが問題だと思います。
1989年当時の若者がどういう自責をしていたかというと、こんな感じでした。
・物質的、モノに頼る
・しらけている
・没個性的
・本を読まない
・情報アクセスへの努力をしない、自分で調べない
・物質的、モノに頼る
後にこの世代はモノを欲しがらない最初の世代となる。今では消費意欲がないと責められる始末。社会人になって何年もギリギリで生活していたらいつの間にか物欲が消えていた。
・しらけている
確かにしらけるのがクールと見なされていた。克服できればよかったかなと思える項目。個人的な感覚では、世代差というよりも地域差が大きいと思う。世代的には今の50代が一番しらけている気がする。
・没個性的
比較的生きている時間の短い若者は、大人に比べて個性が分岐しきっていなくて当たり前。自責の必要なし。
・本を読まない
統計では1990年前後の若者はかなり本を読んだ世代といえるらしい。その後も高止まり傾向で2003年にピークをつけている。参加者が一人も「ノルウェイの森」を読んでいないと馬鹿にされていたが、当時はまだ文庫化もされておらず、ミリオンセラー程度だったと思う。100万部なら100人に1人しか読んでいない…

相本芳彦さんに気づかされたこと

1989年、学校祭の座談会企画で北日本放送の名物アナウンサーだった相本芳彦さんに来ていただいたことがありました。
相本さんが今度の衆議院議員選挙に出馬したことでその時のことを思い出したので書き記してみます。いまどきの若者についてというようなトークテーマだったと記憶しています。そのとき相本さんが学校祭に呼ばれたということにちなんでこんな様なことを言ったのを覚えています。   相本さんが高校生のとき学校祭で政治をテーマとした展示を行った。
   怖いもの知らずでその当時総理大臣だった田中角栄にアンケートの手紙を送った。
   忙しそうな時期だったので返信があると思わなかった。
   飛行機の機中で書かれた直筆の手紙が返ってきた。
   手紙の内容に感動した。
   私は今でも田中角栄が悪い人だと思えない。田中角栄がなぜ忙しかったのか、どういう内容の手紙をもらったのかは残念ながら忘れてしまいました。その頃の新聞やテレビでは田中角栄は悪人だ、金権政治の元凶だという報道で埋め尽くされていました。そういう報道が10年以上にもわたって続けられてきた時代でした。
その影響なんでしょうけど、自分としては"田中角栄は悪い人"というのは鉄板の常識になっていました。
その常識をテレビでニュースを読んでいることもある人が、たいした根拠じゃないとはいえ否定して見せたことはすごく意外な出来事として記憶に残りました。今となれば田中角栄は単純に非難されるべき人物でもないと、いろいろな角度からの検証を目にすることができます。政治の主導権を選挙の洗礼を受けない公務員から政治家に移したのは田中角栄だからこそなしえたことでしょう。東大法学部閥の官僚と官僚出身の政治家に牛耳られていた政治に一区切りをつけた中卒の党人政治家だったわけです。今回の選挙で民主党が掲げる5原則の1番目を40年前に実現しようと戦った先達だったと見ることもできます。相本さんに気付かされる前も、理屈で事実かどうか見当がつく科学報道については新聞やテレビが結構いい加減なことを言っているということくらいは分かっていたのですが、それはきっと報道関係者がみんな文系だからだろうと思っていました。
毎日主要な題材として扱っている政治の分野についてはこの人たちは専門だろうからと、最初から疑うことすら放棄していたわけです。
そこを疑ってみるきっかけを与え…